腸内フローラをととのえよう
第3章: 腸内細菌の中でも、乳酸菌が良いのはなぜ?
- 【1】乳酸菌とは
- 【2】乳酸菌はどこにいる?
- 【3】乳酸菌はいつ発見? なぜ注目?
- 【4】メチニコフが考えた乳酸菌理論
- 【5】現在の乳酸菌理論
- 【6】メチニコフの気になる記述
- 【7】乳酸菌がつくりだす特殊物質とは?
- ※「乳酸菌」と「乳酸」について
まず、「乳酸菌」っていう名称のことからお伝えしましょう。
スーパーに並ぶ何種類ものヨーグルトを見ると、「乳酸菌っていろいろあるんだな~」って思ってしまいがちですが、実は「乳酸菌」っていう特定の菌がいるわけではないこと、ご存じですか?
「乳酸菌」とは、糖を分解して多量の乳酸(*1)を作り出す菌、これらすべての総称なんです。
よって、乳酸菌(*2)はじめ、この条件にあてはまる、腸球菌やビフィズス菌(*3)も、乳酸菌の仲間に属します。
つまり、「乳酸菌」とは、分類学上の呼び名ではなく、糖を発酵して大量の乳酸をつくる細菌達をひとくくりにしたものすべてを指します。
*1 乳酸:記事下コラム参照
*2 細胞の形状の違いから、棒状の乳酸桿菌と球状の乳酸球菌とがある。
*3 現在、ビフィズス菌は細菌分類学の観点から乳酸菌とは区別するが、ビフィズス菌も乳酸をつくり、
人の健康に役立つことから、広義の乳酸菌として扱う場合もある。ただし、次の2点が乳酸菌と大きく違っている。
① 乳酸だけでなく、酢酸もつくる。
② 酸素があると生きていけない。(乳酸菌は酸素があっても生きられる)
【2】「乳酸菌」はどこにいる?
その乳酸菌たちですが、現在、30を超える属、500種くらい存在していることがわかっています。
彼らは、炭水化物(糖)、タンパク質、ビタミンなどの栄養が豊富な至るところに生息しています。
生息場所の違いから、3グループに整理してみました。
【3】「乳酸菌」はいつ発見? なぜ注目?
オランダ商人であるレーウェンフックが発明した顕微鏡により、微生物という目に見えない生物が存在することが発見されました。時代は、科学がまだ発展していない17~ 18世紀前半。自作の簡易顕微鏡を作って、さまざまな小さな生き物を観察していました。その中にはまだ名前もついていなかった乳酸菌の姿を観察していたかもしれません。
時が流れて19世紀に入り、乳酸発酵に関して本格的に調べ始めたのは、フランスの科学者パスツールでした。パスツールが明らかにしたのは、当時まだ謎だった発酵や腐敗の仕組み。これらが細菌によって行われていることなどを科学的に証明しました。その中で乳酸菌が発見されたのです。
その後、イギリスの外科医リスターによってさまざまな菌の中から純粋に乳酸菌が分離されます。
そして、1907年、免疫研究でノーベル賞を受賞したメチニコフ(ロシア)が「乳酸菌による不老長寿説」を提唱し、乳酸菌が注目されて、ブームになったのでした。
【4】メチニコフが考えた乳酸菌理論
メチニコフが注目した乳酸菌。そもそも、体によくて、長寿につながるというのをどういう風に考えたのでしょうか。メチニコフの考えを順を追ってまとめていきます。
メチニコフは、老化現象は細胞が衰弱するためにおこるもので、その老化の原因は「腸内にいる腐敗菌が出す毒素による慢性中毒」だと考えました。
つまり、腐敗菌(悪玉菌)の勢いをそのまま許しておくと、腸内は腐敗菌が放つ毒素(アンモニア・インドール・硫化水素)がどんどん発生。毒素が充満し、腸内腐敗の状態に陥ります。それが老化を促進すると考えました。研究を進める中で、腐敗菌の作る毒素が自家中毒を起こすだけでなく動脈硬化なども起こしていることを確かめています。
加えてメチニコフは、腐敗菌はアルカリ性の環境を好み、弱酸性の環境に弱いことも発見します。そこで、その腐敗を防ぐには、ヨーグルトの中に含まれる乳酸菌により腐敗菌の働きを抑えればいいと考えたわけです。
つまり、腸内に乳酸菌が多ければ、乳酸や酢酸といった有機酸が多量につくられます。この有機酸が腸内を弱酸性に保ち、疾病などを引き起こす腐敗菌の増殖を防ぐのに有効だということです。
さらにメチニコフは、食べ物との関係についても研究しています。肉食に偏ると腐敗物質が増えること。一方、野菜や果物を多く摂ると、それらに含まれる糖分が腸内細菌によって分解され、その結果できる酸によって、腐敗菌が抑えられることを確かめています。また、乳酸菌を加えた食べ物でも同様に腐敗菌を抑制する効果があることも調べました。
これらの内容については、著書「楽観論者のエッセイ(不老長寿論)」の一部として発表され、これをきっかけとして、ヨーグルトが世に広まっていきます。
日本でも1912年に、大隈重信がこのメチニコフの著書を翻訳出版します(この時の和訳が「不老長寿論」でした)。昔から味噌、日本酒、漬物など発酵に造詣が深かった日本人には、受け入れやすい内容だったに違いありません。これ以降、カラダや健康にとってよい細菌の研究が盛んになっていきます。メチニコフは、100年以上も前に、現在の考えにも通ずる腸内細菌や健康に役立つ細菌の基本的な考えをもっていたのです。
特に乳酸菌は、さまざまな発酵食品の製造に活用されています。ヨーグルトや乳酸菌飲料、漬物、キムチ、ピクルス、味噌、塩辛、鮒寿司などが挙げられます。乳酸菌は、食品の酸味や香り、味に影響をするだけでなく、pHが酸性になることで食品の腐敗や食中毒菌の繁殖を抑え、食品の保存を可能にします。
一方、乳酸菌が雑菌として扱われることもあります。日本酒の製造の現場では、乳酸菌が混入することで、異臭や酸味の原因となり、酒としての商品価値がなくなってしまいます。これを「火落ち」といい、この菌のことを「火落ち菌」と呼び、酒造りの世界では恐れられています。
もちろん食品だけではありません。私たちの体に住み着いている乳酸菌(常在菌)もいます。健康なヒトの腸内にはたくさんの種類の細菌が住んでいて、腸内細菌叢(そう)あるいは腸内フローラと呼ばれています。が、乳酸菌もこの腸内細菌に含まれています(ビフィズス菌や乳酸稈菌など)。これらの乳酸菌は、ヒトにとって健康に役立つ(俗にいう、善玉菌)細菌として取り扱われています(その有効性についてはまだまだ議論がなされています)。
メチニコフの理論を応用したものに、腸内細菌バランスの改善を目的とした、乳酸菌などの生きた細菌をさす「プロバイオティクス」があります。ただ、ヨーグルトをはじめ、初期に開発されたプロバイオティクス製品については、摂取してもほとんどの乳酸菌が胃で死滅して、腸に届きませんでした。 現在では、新しい乳酸菌株が出てきたり、製剤技術の開発によって、生きたままの菌を腸に到達させることも可能になりました。しかし、口からいくらたくさんのプロバイオティクス細菌を摂ったとしても、ヒトの腸内で生存することは難しいという報告もあります。
一方、口から摂った乳酸菌は、腸に棲みつかなくても(定着しなくても)、腸を通過していくあいだは、常在する腸内細菌になんらかの影響を与えているとも考えられています。
プロバイオティクス(生きた)乳酸菌の中には、免疫機能を高めたり、脂質代謝を改善したりする働きもあり、その効果は整腸作用だけではありません。花粉症やアトピー性皮膚炎などのアレルギー、血中コレステロールの、血圧、内臓脂肪、ピロリ菌、がんなどに対する多岐にわたる作用が期待されています。薬に頼らずに末永く健康を維持するためにも、注目すべき食品のひとつです。
【6】メチニコフの気になる記述
このように、乳酸菌が広く利用されている背景には、その機能以外にも理由があります。味や風味、さわやかな香りを演出してくれるからです。実は乳酸菌以外にも、免疫機能や腸内細菌によい働きをする菌はいます。納豆菌や酪酸菌などがそうなのですが、これらの細菌は乳酸菌ほどもてはやされていません。
そのわけは、乳酸菌ほど「さわやか」ではないからです。乳酸菌は、私たちの嗜好性と合致し、加えて様々な保健効果が期待されるからこそ、世界中の発酵食品に利用されてきたのです。これが「くさい」、「まずい」では、いくら体によくてもここまでの広がりはなかったでしょう。
乳酸菌の良さや働きを詳しく知れば知るほど、「乳酸菌を積極的に利用しなくては」という気になってきます。 メチニコフが「乳酸菌による不老長寿説」を提唱してすでに100年以上たちましたが、いまだ、乳酸菌がブームになっているというのも、うなずけますね。
そのブームの火付け役になったメチニコフの著書ですが、実は、乳酸菌に関してかなり気になる記述があります。それをまとめてみました。
- (1) 乳酸菌は消化器系疾患だけでなく、咽頭の結核性潰瘍や糖尿病にも役立つ。
- (2) ヨーグルトの乳酸菌の乳酸および、 乳酸菌がつくりだす特殊な物質にも殺菌作用がある。
- (3) 生きた乳酸菌(生菌)でも、 熱した乳酸菌」(死菌)でも、同じような結果が得られる。
- (4) 腸内腐敗を防止するなら、 体内に乳酸菌が培養したものを導入すべき。
メチニコフが “健康のため体内に取り入れるべき” と語った、「乳酸菌がつくりだす特殊な物質」。 いったい、それは何でしょうか。
【7】乳酸菌がつくりだす特殊物質とは?
私たちが汗を分泌するように、乳酸菌にも分泌する物質があります。また、発酵の過程で、自らを増やすための培地(栄養)を分解し、新しい別の成分を作り出します。
それが 「乳酸」をはじめとした「有機酸」や「γ-アミノ酪酸(GABA)」、「ペプチド」といったいわゆる代謝物といわれているもの。これらが、乳酸菌がつくりだす特殊な物質であり、培養したものです。 それぞれの主な働きは次の通りです。
・乳酸・・・・腸内を酸性に保ち、病原菌やウイルスがすみにくい環境をつくったり、腐敗・有害菌の増殖を阻止する。
・有機酸・・・・酸性を示す有機化合物の総称。菌種や菌株によってさまざまな種類の有機酸を分泌する。腐敗・有害菌の増殖を阻止する。「短鎖脂肪酸」もおおきなくくりで含まれる。
・γ-アミノ酪酸(GABA)・・・・たんぱく質を構成しないアミノ酸の一種。神経伝達物質として機能していることが知られている。また、脳機能改善効果やストレス抑制効果、高めの血圧を改善する作用なども認められている。
・ペプチド・・・2~数個のアミノ酸が連なったもの。2個のアミノ酸が結合したものをジペプチド、3個ではトリペプチドと呼びます。体内ではホルモンや抗酸化物質などとして働くものがあり、血圧降下ペプチド、抗菌ペプチド、 経口免疫寛容ペプチド、血栓抑制ペプチドなど多種多様な機能性ペプチドがある。
このように、乳酸菌がつくりだす特殊物質たちは、私たちの健康維持のため、乳酸菌を超えるほどのよい仕事をしているのです。
菌体成分(※)は、メチニコフの時代にはわかっていませんでしたが、乳酸菌がもつ複雑な構造ゆえに、多種多様な成分で構成されています。乳酸菌の外側には、糖とアミノ酸が網目状に結合した層(ペプチドグリカン層といいます)があり,これに多糖類やタンパク質などがくっついています。乳酸菌自体とその外側の物質がすべてバラバラになったものが菌体成分です。
腸の細胞やリンパ組織が、それら菌体成分を識別し,免疫を調節しています。また、乳酸菌の遺伝子の一部(特定の DNA 断片)は、腸の細胞によって識別され、免疫応答反応が開始されます。
「乳酸菌生成エキス」が健康維持に役立つ理由がここにあるというわけです。乳酸菌が発酵中に生み出す成分(分泌成分)と、発酵しきって死滅したあとの自分のカケラ(菌体成分)のチカラで、腸の機能、ひいては全身の健康維持に貢献します。まさにメチニコフが著書の中で書いていた本質なのではないでしょうか。
「乳酸菌」と「乳酸」
謎に感じている方も多いかもしれませんので、「乳酸」についての情報です。
糖を分解して「乳酸」を作り出す菌すべての総称が「乳酸菌」であることは、冒頭でお伝えしましたが、「乳酸」って悪いイメージを持っている方が多いかもしれませんね。 乳酸が体内にたまることで疲労物質を発生させてしまうイメージがありますので。
でも結論からいうと、「乳酸」は悪い物質ではありません。
前述したとおり、 乳酸菌が腸内でつくりだす乳酸は、悪玉菌の増殖を抑制するため、腸内を酸性に保つ効果があります。その結果、腸内は善玉菌が優勢な状態となり、 好ましい腸内環境が維持されます。
一方、運動により体内の糖分が分解され、筋肉の細胞内にたまるものも乳酸。
この乳酸は、長年、疲労物質の一種として考えられてきました。ノーベル賞受賞の学者が「乳酸の蓄積によって疲労が発生する」と唱えたからです。
ところが、実は、乳酸は疲労物質どころか、エネルギー源になったり、筋収縮の低下を防いだり、体にとってよい働きをしてくれることが、近年、わかってきています。
profile
腸まもる(45歳)
腸まもる(45歳)
某研究所で、腸内細菌研究にいそしむ腸オタク。腸の大切さを啓蒙していくことを喜びとしている。